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Portfolio Without Ajax. 1 column

【易・賽・イーチン】

ここで、サイコロに纏わる昔話を紹介したいと思います。


 

 

死の骰子(さいころ)

 

ドイツの帝室博物館に皇帝よりの御出品として「死の骰子」(Der Todes Wurfel[「u」はウムラウト(¨)付き])という物が陳列してある。

第十七世紀の半ば頃、この骰子(さいころ)をもって一の疑獄が解決せられたという歴史附の有名な陳列品である。

事実は次の如くである。

 

或一人の美少女が何者にか殺害せられたことがあった。

下手人の嫌疑は、日頃この少女の愛を争いつつあった二人の兵士の上に懸(かか)った。

その一人はラルフ(Ralgh)といい、他の一人はアルフレッド(Alfred)というた。

しかし二人とも身にいささかも覚えなき旨を固く言い張って、拷問までもして見たが、どうしても白状を得ることが出来ない。

 

そこで現帝室の御先祖たるフリードリヒ・ウィルヘルム公(Friedrich Wilhelm)は、この二人に骰子を振らせて、その敗者を犯人と認めるといういわゆる神意裁判を行おうと決心せられた。

 

 荘厳なる儀式をもって、公は親(みずか)らこの神意裁判を主宰せられた。ラルフはまず骰子を投じた。輾転(てんてん)また輾転、二個の骰子は共に六を示した。合せて十二点。得らるべき最高点である。彼は少なくとも敗者となる気遣(きづか)いはない。神は既に彼の無罪を証拠立てたのである。

 

相手の有罪の証迹は次いで顕(あら)われることであろう。

 

 アルフレッドは今や絶体絶命、彼は地に跪(ひざまず)いて切なる祈を神に捧げた。

 

「我が罪無きを知り給う全能の神よ。願わくは加護を垂れさせ給え」と、満腔の精神を隻手(せきしゅ)に集めて、彼は骰子を地に抛(なげう)った。

 

見よ、戞然(かつぜん)声あって骰子の一個は真二つに裂けて飛んだ。

 

一片は六を上にしている。一片は一を上にしている。

 

そして他の一個の骰子は六を示しているではないか。彼は実に天佑(てんゆう)によって勝ち得べからざる勝を贏(か)ったのである。

 

満堂いずれも奇異の思いをなして一語を発する者もない。

 

 さすがのラルフも神意の空恐ろしさに胆を冷して、忽ち自分が下手人であることを白状した。

「これ実に神の判決なり」と、公はかく叫んで、直ちに死刑の宣告を下されたということである。

 

出典:「 法窓夜話 」穂積陳重