「ソワレの前に」(前編)
所属している素人演劇での出来事。
私が属している演劇の団体は元々演劇のワークショップから有志が集まってできたものなのだ。
年に一度有料公演をしワークショップで縁が出来た方々も観に来てくださる。
知り合い率高しのアットホームな公演なのである。
「ベーさん、亡くなったんだよ」
私と同い年で団体1期生の幸さんが小屋入り前の稽古の時話しかけてきた。
べーさんは幸さんの学生時代からの友人でたまたま私も同学年という事でつるんでいた。
脳血管疾患で急な事だったらしい。
べーさんは恰幅の良い男性で前の年のワークショップでは西郷隆盛の役を演じたのだった。
浴衣に兵児帯姿がいかにも西郷どん。
その年の有料公演でも西郷隆盛が出てくるのでべーさんに演じて欲しかったなぁなんてその訃報を知る前、稽古中に話していた事もあった。
日は過ぎて小屋入りの日。
公演3日前から小屋(劇場)に入り舞台の設営、
照明の設定、音響や映像の調整。
この頃から芝居がやりたくて集まっている集団の中で私はあえて裏方(映像と小道具担当)をしていた。
公演中は下手舞台袖に陣取ってパソコンをカチャカチャ操作するのだ。
公演当日、マチネとソワレの2公演。(昼公演と夜公演)
両方ともチケットはほぼ完売。
消防法の事もあり立ち見や椅子の増設もできず案内係はリアルタイムで座席数を確認するしかない。
下手袖にあるモニターからも空き席が無いのがよくわかる。
マチネ公演が始まり舞台袖は必要最低限の灯り。
出番に合わせ袖で待機する仲間を応援しながら台本首っ引きで映像を切り替える。
暗転、板付きの為、袖で待機していた仲間達全員がそろそろと舞台上に移動してゆく。
しばらくは舞台上が賑やかだ。
ふと背後に人の気配。
音もなくその気配はこちらに近づいてくる。
舞台から目を離すわけにはいかないがそっと視界の端に目を向ける。
どっしりとした浴衣姿、
兵児帯に小刀を携えて舞台を眺めるように立っている出演者ではない誰か。
「まさか、べーさん?」
しばらくするとその気配は消えた。
実は同じ時間に受付案内係も不思議な現象に遭っていた。
文章:河本 享